コンサルとしての読書の目的設定ができているか

仕事の環境

読書とはなんだろう。人それぞれ読書に求めることは異なるはずであり、異なっていて当然なのである。そのため、誰かが言った方法で読書をする必要はない。自分の目的を叶える方法で、実践していけば良いはずである。

ここで目的と書いたが、実のところ、自分自身の読書に対する目的を設定している人は少ないのが実態ではないだろうか。なんのために読書をするのか。それが曖昧なまま、読書をしようとするからそれほど続かない。目的が明確ならば、自ずと読書は習慣になる。毎週数冊の読書など、苦もなくできる。

目的とはどのようなものがあるであろうか。個人的な体験で言えば、文字に慣れることを目的として読書をした時期がある。文字に慣れるとはどんなこと?そこから説明しよう。

私自身は、ザ理系的な人間であった。そのため日本語よりも数式や数値の方が親しみのある人間であり、文字が苦手であった。中高であれば、国語や英語のテストはイマイチと言ったタイプであったのである。日本語の意味の取り方になんとも違和感を感じ、他者がこのように読むという文章があっても、違った理解、文字の読み取りをしてしまうタイプであった。

今振り返ると、そもそも物事を知らない、無知であったこともあり、文脈を読むことや、前提を踏まえた上での文章の理解が大の苦手であったのだ。

さらに、文章と文章のつながりが理解できない人間であった。文章の連なりに、人は意見や考えを含めて文章を書いている。しかし、その人々の意見や考えを推し量ることが出来ず、細かい文字面のみで理解しようとしてしまうタイプであった。だからこそ、文字は読めるのに、他者の言いたいことが理解できない、空気が読めない人間と言われてきた。

そこで当時自分で考えたことは、文章に接する機会が少なすぎて、常識としてどのように文章を読み取るのか、ロジカルというよりも感覚として、どのように文字を受け止めるのか、人よりもその能力が劣っていると捉えたのである。

必然的に、何をすれば良いかが出てきた。大量に文章を読み、慣れることが大切だと。今でいうところの、生成AIの大規模言語モデルよろしく、一つ一つの文章を丁寧に噛み砕いていくよりは、ひたすら大量の文章を読み込んでいくことで、感覚を養おうとしたのである。

今振り返ってみると、この取り組みは大成功したと思っている。どのようなロジックで文章を読み取ることができるようになったのかはわからないが、とにかく大量の文章を読んで読んで読み込むことで、感覚的に理解できるようになったのである。

これを実現するためには、本当に大量の文章を読まなくてはならない。この目的意識がなければ、途中で挫折していただろう。もしくは、読書するという意思がブレブレになって、途中で読書に対するスタンスが変わってしまい効果が上げられなかったかもしれない。とにかく、文章に慣れる、という目的意識をもち続けたことで、一貫して大量の文章を読み通すことができたのである。

この方法は他の人には必ずしもお勧めしない。私よりもはるかに文章を読める人は大量にいる。そのような人に、自分と同じ読み方を進めても、おそらく有効ではない。逆に言えば、人それぞれ求められることがあるはずである。

例えば、効率的に役立つ情報を取得したいなど。そうであれば、私が実施したような大量に文章に親しむような読み方は効率的ではない。非生産的なものになろう。また、エンタテイメントとして情報を得たい人にとっても、有効ではないであろう。自分が楽しいと思える文章を噛み締めるように少しずつでも読んでいった方がはるかに楽しい時間を過ごすことができるであろうから。

改めて言おう。読書は、自分自身の今の状況に合致した目的意識が大切である。他者が進めた方法のみを鵜呑みに、実践しても意味がない。いかに自分のためにどのように読書を設計するか。そのためには目的意識をしっかりと設定することである。読書に限らず、全ての活動に通底することなのかもしれない。

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