働き方改革の副作用と能力成長の課題――実務家が直面する現実と対応策

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働き方改革とその副作用

働き方改革関連法案の施行により、労働時間の上限規制や長時間労働の是正が進んでいます。確かに過労死防止やワークライフバランスの改善などのメリットは大きいものの、一方で「働く時間そのものが制限されることによる能力成長の阻害」という副作用も指摘されています。

たとえば、若手社員が自主的にスキルを磨くための実務経験を積む時間が減少し、結果としてキャリア形成の機会損失に繋がっている事例も散見されます。あるIT企業では、プロジェクトの規模縮小や残業時間の制限により、若手エンジニアが複数の技術に挑戦できる時間が減り、結果として習熟度が低くなったという声もあります。

能力成長に必要な「時間」と「濃度」

能力成長には単なる「時間の量」だけでなく、「経験の濃度」が重要です。たとえば、単に8時間机に向かっているだけでなく、難易度の高い課題に取り組む、上司や先輩とのフィードバックを得る、実践的な問題解決を経験するといった内容の濃い時間が求められます。

しかし働き方改革の結果、実務経験の「濃度」を上げる機会も減少しています。実際の業務の中でしか得られない「リアルな経験値」は、自己啓発やセミナーでは代替しにくいことも事実です。こうした質の高い経験の不足が、中堅層の未熟化に繋がるリスクがあります。

社会・組織への影響:未熟な中堅層の増加リスク

中堅社員は組織の中核としてリーダーシップを発揮し、後輩の指導やプロジェクトの推進役を担います。ところが実務経験が十分でないまま役職が上がると、意思決定の質が低下し、組織全体の生産性や競争力の低下を招く恐れがあります。

製造業の例では、技能継承がうまく進まず熟練工の引退とともに技術伝承が停滞し、品質低下や生産遅延を招くケースも報告されています。これは日本全体の労働人口減少とも相まって、国力の減退を示唆する警鐘となっています。

成長という観点の改めての問い

ここで重要なのは「成長」という言葉の意味を改めて問い直すことです。成長は必ずしも際限なく能力が伸びることではなく、「職業人として社会に一定以上の価値を生み出せる最低限の経験・能力を持つこと」と定義するほうが実務に即しています。

また、報酬に見合う能力や経験を持つ社員が増えなければ、社会全体の持続可能性が危うくなります。この観点から成長の「権利と責任」を明確化し、社員が必要な経験を積める環境を保障することが必要です。

対応策とその限界:複業・自己研鑽は代替となるか?

近年、複業や副業、自己研鑽によるスキルアップが注目されています。確かにこれらは働き方の多様化を促進し、一定のスキルを補完する手段となります。しかし、実務経験の濃度や緊張感、責任感は通常の業務環境でなければ得にくいという限界もあります。

実際に複業を推奨する企業でも、複業時間の質の担保が課題となっており、十分な成長を見込むことは容易ではありません。したがって、企業・社会は「実業務を通じた成長機会の確保」を最優先課題として認識し、働き方改革とのバランスを取ることが求められます。

成長の“権利と責任”をどう保障するか

最後に、成長の「権利」と「責任」をどう保障するかが問われます。企業は働き方の制約下でも、社員が経験値を積めるプロジェクトアサインやOJT体制の整備、メンター制度の充実など成長支援に注力すべきです。

また社員側も自身のキャリアに対して主体的に向き合い、計画的に成長の時間を確保する努力が求められます。国や政策も労働時間規制の見直しや、教育・研修インフラの拡充など多面的な支援策を講じる必要があります。


結び

働き方改革の意義は大きい一方で、その副作用として実務経験不足による能力成長の停滞は見過ごせない問題です。実務家としては、このバランスをどう取り、次世代の人材育成を実現するかが今後の最大の課題となるでしょう。

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